本とCDの日々(仮)
個人的に気に入った本や気に入らなかった本や時にCDやDVDの感想を書いたり書かなかったり。
2006/06/28
TITLE:「 人志松本のすべらない話 」
![]() | 人志松本のすべらない話 松本人志 (2006/06/28) アール・アンド・シー この商品の詳細を見る |
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2006/06/25
TITLE:「 グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する 」
![]() | グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する 文春新書 (501) 佐々木 俊尚 (2006/04) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
「ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる
さて,「ウェブ進化論」は,インターネットに支配される世界にどちらかというと肯定的な立場から書かれた,いわゆるWeb2.0という段階を取り巻く状況を語った本だったが,本書は書かれ方としては正反対であると言ってよいのではないか。言わば従来のジャーナリスティックな書かれ方による,インターネットの状況解説。パソコンに触ったことがない人間でも,本書なら面白く読めると思う。
「ウェブ進化論」では,「インターネットの意思」という言葉で表された,例えばグーグルによって世界中のデータ=知が再編成された世界(それは情緒も必要だけど最終的にはアルゴリズムが頼りだろうと考える私のような人間には心地よいものと感じられるのだが)を,著者は必ずしも諸手を挙げて歓迎はしない。中立的な立場ではあるが,グーグル(或いはグーグル的なもの)に世界が取り込まれていってしまうことに危機感を感じている(ように思える)。
世の趨勢は嫌でもそういう方向に向かっている(と言うかもはや向かわざるを得ない)中,今更危機感でもないと切り捨てるのは簡単だが,問題は本当にグーグル(しつこいが,的なものね)が新世界の神に相応しいのか,ということである。本書でも取り上げられているように,一部の政治権力に便宜をはかるような,従来と何ら変わりのない企業であっては話にならない。そしてグーグルのなす排他的な行為については,万人を納得させる理屈・規範を用意してもらわないといけないのだ。多分グーグルは,世界中の情報を再編成すれば,世界中の人間が住み易くなるという幻想に基づいて進んでいるのだろうが,そういう世界観に与しないタイプの人間は必ずいるし,それを本書言うところの「グーグル八分」しましょうで片付けてもらうようでは,神を名乗る資格も器量もないと言えよう。その辺りどこまでグーグルに覚悟があるのだろう。無邪気,では片付けられない問題だと思うのだが。
「インターネットの意思」に支配された世界というのは,ある種管理を意識させないゆるやかな管理社会という側面もあると考えれば,私のような能天気な人間もいささかの不安を感じる。そうは言っても,コンピュータを扱うのは人間だから,というレベルの発言を封じ込む勢いは歓迎するが,無自覚でいることだけは避けたいものだ。しかしそう言いながらも,自分が生きている間にどこまで世界が再編成されていくかリアルタイムで観察できるのは,やはりある意味楽しみなのである。
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2006/06/19
TITLE:「 巨人軍論 」
![]() | 巨人軍論 ―組織とは、人間とは、伝統とは 野村 克也 (2006/02/10) 角川書店 この商品の詳細を見る |
新刊ではないが野村監督の書く「巨人軍論」ってあざといタイトルだよなぁ。おまけに帯のコピーは“私は誰にも負けない「巨人ファン」である。”だって。これで値段の安い新書だったらつい買っちゃうでしょ。
野村監督って小言ばかり言ってる嫌味な爺さんというイメージが強くて個人的にあまり良いイメージは正直なかったのだが,これは面白く読み易い。1時間足らずであっという間に読了。ビートたけしがイチローや松井なんかと話すときに野球少年に戻って相手は年下なのに敬語で話すみたいなノリが野村監督にもあって,巨人V9時代の川上監督を理想とする監督として挙げてるのだが,語り口や目線が明らかにファンのそれ。ヤクルト監督時代に川上さんと対談して,「野村くんはよく野球を勉強しているね」とほめられたことを子どもみたいに無邪気に喜んでる。厳しい実力の世界だからこそ,あこがれのスター選手に対する尊敬の念って,いつまでも変わらないものなのかね。
確かに野球は間合いのスポーツなので,そこには好むと好まざるとに関わらず,知的な駆け引きが存在する。そもそも勝敗を決めるスポーツに知的な要素のないものはないだろう。ピッチャーが力いっぱい投げ,バッターはそれをフルスイングで打ちに行く。その非現実的な力と力の勝負もある意味野球の醍醐味ではあるのだが,野村監督は“そんな野球は「打ち損じ」と「投げ損じ」の対決に過ぎない”とバッサリ切り捨てる。そんな力の野球を体現する数少ないプレイヤーの一人である清原など,野村監督から見れば才能を無駄遣いしているバカにしか見えないらしい。
適材適所とか,まずは技術より人間教育とか,周囲の範たる中心がないと組織は機能しないとか,全体を包むトーンはよくあるビジネス本的な論旨ではある。巨人が昔のような球界の盟主ではなく,12球団の中の単なる1球団に成り下がったことを野村監督は嘆くが,私のようなアンチ巨人が,最近巨人が負けてもあまり嬉しくない理由は,もう少し他にあるような気がする。とにかくスターを集めればよいと考えてるとしか思えないような理念なき補強や,自分に都合の良いルールにしないとリーグ脱退をほのめかすといったような幼稚な態度に愛想が尽きて,巨人が勝とうが負けようがどうでもよくなった,というところだろうか。“ルールはそっちが変えていいってルールだもん,そんなのインチキじゃーん”って昔ビブラストーンも歌ってたよな。
川上監督が当時南海の監督だった野村さんと料亭で冨田勝(懐かしすぎ・・・)のトレード交渉をする際に,帝王学(監督学)を学ばせるために一介の選手だった長嶋を同席させたというエピソードに仰天。そんなビジョンのある球団だったのか,昔の巨人。やはり,人だなぁ・・・。
とりあえず今年の楽天に期待しよう。交流戦も善戦したみたいだし。
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2006/06/15
TITLE:「 レキシントンの幽霊 」
![]() | レキシントンの幽霊 村上 春樹 (1999/10) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
市川準の映画「トニー滝谷」にすっかり参ってしまい,改めて原作を読もうとしたが見当たらない。村上春樹の新刊は翻訳ものでない限り100%買って読んでいるはずだが書庫をどう探しても見つからないので,古本屋で100円の文庫本を買ってきた。
「トニー滝谷」を再読したいと言うよりも,朗読して西島秀俊気分を味わいたいと言った方が正確かもしれない。「トニー滝谷の本当の名前は,本当にトニー滝谷だった」,この冒頭の一節で,映画を観ていた時の気分に戻れる。村上春樹の文章の力か西島秀俊のナレーションの力か市川準の演出の力か。そのどれかが欠けても,こんな気持ちにはならないのだろう。映画が気に入った人,自分で声に出して朗読してみることをお勧めします。映画でも宮沢りえが口にし,本文中でも太ゴシックで書かれている「ただただ単純に我慢ができなかった」とか,実際に口に出してみると映画を観ている時は不可解な感じの彼女の衝動が何だか理解できるような気がしてしまうから不思議。最後まで朗読するにはいささか長すぎるので,映画の中で使われた箇所だけでも,西島秀俊的なボソボソした口調で声に出してみると,映画が2倍楽しめます。これを「トニー滝谷ごっこ」と名付けたいのですが,一人でやるとちょっと悲しいと言うか暗いかも。
他にも「緑色の獣」とか,「村上春樹ブック」で初めて読んだ時は何だか思いつきで書いた適当な短編のような印象だったが,こうして何年ぶりかに再読すると,趣きが違います。今じゃ完全に獣側に感情移入して読んでる。それから有名な「沈黙」も,世の中に存在するどうしようもない暴力的なものと,それによって損なわれていくものについて書くという,後の村上春樹の重要なテーマの萌芽のような作品であると改めて感じた。
朗読は脳にもイイらしいし,ぜひ試してみてはいかかがでしょう。他にも短編集だったら「夜のくもざる
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2006/06/11
TITLE:「 風雲児たち 幕末編(9) 」
![]() | 風雲児たち 幕末編 (9) みなもと 太郎 (2006/04/26) リイド社 この商品の詳細を見る |
第9巻ですね。シリーズ物の途中だけど最近本読んでないので書きます。知ってる人は知ってる大著なのでいまさら私ごときが紹介するまでもないと思うが,関ヶ原から幕末までが「風雲児たち」として出ている。潮出版社の全30巻は入手困難だろうが,リイド社から判型も変わって全20巻で購入できる。ちなみに私どちらも持ってます(潮版の1巻,初版で持ってるのがちょっと自慢)。で,焦点を竜馬にしぼった「雲竜奔馬」をはさんで,この「幕末編」になるわけです。
江戸中期の前野良沢,杉田玄白の時代から平賀源内らを経て幕末に綺羅星のごとく現れる天才たち,いやもちろん日本史で勉強した話だが,何より感動するのは彼らが天才たり得たのは血のにじむ努力や迫害に屈せぬ信念があったればこそという,ごく当たり前のこと。とにかく清らかで停滞することのない彼らの向学心は,歴史を学ぶ以前に,学問に向かう姿勢を学ぶ格好の教科書として,多くの子供たちに読まれるべき。そしていつの世にもいるそうした努力の天才たちの才能をやっかみ,或いはそれを理解し得ぬが故に嫉妬の権化と化す俗物たち(多くは時の権力者)の性根の醜さ。もちろんギャグマンガなので笑いながら読めるが,読後に残るのは歴史を動かしてきた人間たちは皆,楽な仕事はしていないということ。「幕末編」もはや9巻になり,いつになったら完結するのか,著者にとっても楽な仕事ではないと思うが,だからこそ本シリーズは歴史に残るマンガになるだろうと思う。ずっと掲載媒体が地味なところでやっていたので,知る人ぞ知るマンガ的存在で終らせるのは勿体ないと悔しい思いをしていたが,手塚治虫文化賞(だっけ?)受賞でスポットが当たったのは喜ばしかった。そういう華やかな権威というのは,いちばん似つかわしくないものかもしれないが,マンガの神様の名が冠された賞を喜ばないわけにはいかないでしょう。
大げさではなく「風雲児たち」が読める時代に生きている幸福を感じながら,何度も再読している。前巻で江川太郎左衛門が死んだ時は,本気で泣きました。初めから読むのは長くて大変だが,後悔はしません。完結してないけど大傑作。
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2006/06/05
TITLE:「 百器徒然袋 風 」
![]() | 百器徒然袋 風 京極 夏彦 (2004/07/06) 講談社 この商品の詳細を見る |
え?何?今頃読んでるの?はい。すみません,今読み終わりました。別に読むのに2年かかったというわけではないのだが・・・。京極作品って読むのに時間がかかるし,世界に没頭するから,さぁ,って決めて読み始めるまでに時間がかかるんだよ。って誰に言い訳してるんだ。
おなじみの人にはおなじみの榎木津探偵大活躍のシリーズで, 本家京極堂シリーズとは正反対の喧噪を味わえる。徹頭徹尾大騒ぎ。京極堂もいつになくふざけた物言いが多い。それでもラストは何だかちょっとほろりとさせられる。しかしシリーズ前作「百器徒然袋―雨
とりあえず講談社ノベルスのシリーズは全部読了したので,あ,あと「どすこい。
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2006/06/01
TITLE:「 にょっ記 」
![]() | にょっ記 穂村 弘 (2006/03) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
著者の「世界音痴
そういうわけの分からないボヤキはともかく,本書はいつもの穂村節,著者ならではの嘘による日記。嘘による日記,って言い方もよく分からないが何と紹介すればよいのか,要は毎日書きとめたよく言えば作家のアイデアの断片の寄せ集めのような,悪く言えば,或いははっきり言えば妄想。穂村弘って妄想の人だもんなぁ。ってこれはほめコトバです。発表前提の妄想って,正真正銘の妄想と呼んでいいのかどうか分からないが,要するに妄想を商売と言うか,ひとつの芸として極めたのが穂村さんってことですよ。
実は個人的に最近の穂村弘氏にひとつ疑問がある。穂村さんって,結婚したんですか?したんですよね?穂村さんが社会に適応すると言うか,社会人として当たり前のことをしてしまうと少し,もの凄く,裏切られたような気がしてしまう。読者って勝手。
本書はアマゾンのマーケットプレイスで(要するに中古で)安く入手したのだが,「シャンプーと思って掌にとったリンス」というコトバが銀のマジックで書き添えられたサイン本でした(笑)。早速サイン本売られるって穂村さんっぽくないですか。念のために書きますが,これはほめコトバですよ。
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