本とCDの日々(仮)
2006/08/31

TITLE:「 生きいそぎ 

生きいそぎ 生きいそぎ
志水 辰夫 (2006/02/17)
集英社
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志水辰夫のベストは,長編なら「行きずりの街」,短編集なら「いまひとたびの」,というスタンダードと言うかオーソドックスと言うか,そういうあまりコアじゃないファンなのだが,本書は,「いまひとたびの」系の短編集。主人公はいずれも定年前後の初老の男。それなりに屈託があり,何らかの事情を抱えている。要はその事情が傷口を開く一瞬の話なのだが,ただいずれもも,明確な結論のようなものはなく,したがって解決もない。あるいは傷がさらに深くなる。彼らは相変わらず屈託を抱いて,そうやって死ぬまで生きるのである。

特に印象に残った話をいくつか。公職選挙法違反でほとぼりが冷めるまで身を隠したい土建屋社長が主人公の,「こういう話」。怪しげな結婚紹介所に登録していた中年の女に事情を話し,一種の偽装夫婦として彼女の実家に姿を隠す。会社と連絡を取りながらも自分の居場所がなくなっていくことに苛立ち,反面,田舎ののどかな暮らしの中にあらたな生きがいのようなものを見出す男。或いはこんな人生もあったかもしれない,と道を誤った初老の男は誰もが,一度はそう考えるのだろうか。

「曼珠沙華」では,亡くなった母の代で廃業した老舗の呉服屋の長男である主人公のところに,会ったことのない遠い親戚が訪ねてくるところから話が始まる。僧侶である彼は,主人公の母親が若い頃に隠れて出産をしており,そして自分がその子であるという,とんでもない秘密を主人公に打ち明ける。にわかに信じられない主人公は,いろいろと調べている間,それと重ねるようにして,かつて呉服屋の番頭だった父が奉公に来ていた若い娘と心中した事件を思い出していく。そして秘められた父や母の過去を知るということは,今や晩年にある彼自身の現在と向き合う作業に他ならない。「わたしもまたそれらの記憶から逃れることができずに終わろうとしている人間だった。(略) いまではなにもかもがわたしの手の届かないところに行ってしまったのを意識するだけである」と述懐する主人公に,それが人であれ自分の一瞬の感情であれ,誰もが永遠に喪われたものを思い,共感できると思う。

直接関係のない話だが,本書を読了して思い出したのは,7月末に亡くなった吉村昭氏の死に方だった。自宅で,自らからだに埋め込まれたカテーテルの類いを抜き取り,娘に「死ぬよ」と告げ,看護士にも「もういいです」と言って,その数時間後に息を引き取ったという。「破獄」くらいしか読んだことのない不熱心な読者だが,いかにも延命治療を潔しとしない,凛とした矜持の感じられる作家だったと思う。一方,「帽子」などの,若輩 者が読むのはもったいないような,美しい小品もあった。もう一度,それらを手に取るか,或いは未読の一冊に手を伸ばすか。おそらくそれが著者に対する,一介の読者からの,いちばんのはなむけになると思う。謹んで哀悼の意を表します。

2006/08/05

TITLE:「 愛のひだりがわ 

愛のひだりがわ 愛のひだりがわ
筒井 康隆 (2006/07)
新潮社
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毎月「ダ・ヴィンチ」等の新刊情報で,文庫の新刊ラインナップを赤ペン片手にチェックし,今月はどれとどれを買おうと計画することが毎月の習慣になっている文庫好きの皆さん,こんにちは。7月末の新潮文庫の新刊ラインナップは,そんな私にとって大当たりの月だったのだが,さすがに文庫とはいえすべての新刊を購入するほど経済的な余裕も読了する時間もないので,とりあえず岩波の単行本も持っているのに文庫化されたら必ず買って再読するのが恒例になっている筒井康隆の傑作「愛のひだりがわ」と,単行本の書評を読んだ段階でチェックしてていずれ文庫になったら読もうと考えていた川上弘美「ニシノユキヒコの恋と冒険」,古処誠二「接近」,祝直木賞の三浦しをん「人生激場」の計4冊を買ったのでした。「いしいしんじのごはん日記」「水木しげるの日本妖怪紀行」,カポーティの「叶えられた祈り」,伝記の「トルーマン・カポーティ」,は,とりあえず今回は見送り。

本書が単行本で刊行された際に,朝日新聞にインタビューが掲載されていた。そこで朝日の記者が,「筒井氏が読者を励ます作風に向かっている」というような文章を書いていて失笑しながら読んだ記憶がある。確かに本書は,体裁はジュブナイルであり,語り口も平易で読み易いが(朝日のインタビューでも,小学6年生の教科書を取り寄せて文章や漢字を研究したと著者自身が語っていたと思う),しかし近未来の日本と思しき舞台に展開する物語には,終始不穏な空気が色濃く漂っている。直接的な暴力。主人公の左手が不自由なこと。極端に利己的な周囲の人間たち。日本の将来が,こういう人を人とも思わぬマッドマックス的社会に堕してしまうかもしれないことを,肯定も否定もしないが,そんな世界をある種の諦観とともに旅する一人の美少女の成長譚を,現代の子どもに読ませて大丈夫か?という気もするのである。今更私が言うことでもないが,これは体裁はジュブナイルでも,やはり対象読者は大人だろう。

件の朝日の記者には申し訳ないが,私は本書を読んで励まされも勇気づけられもしなかった。感じたのは,断筆解禁後の氏の著作に顕著な,作品を覆う不穏な息苦しさというか,有形無形の暴力の生々しさというか,そういう言葉にしづらい読後感である。言論の不自由による断筆を経験した著者の,不信感・絶望といった感情が無意識のうちに作品に反映されているとは,考えにくい。絶対に著者は確信犯であり,陳腐な言い方で申し訳ないが,実は何もかも自由に見える現代日本が,いかに目に見えない不自由さに支配された世界であるかというメッセージを,暗に発信していると読むのが正解ではないか。もちろん読書に,正解も不正解もない。しかし著者の圧倒的な虚構世界を享楽的に楽しむことを第一とする,私のように単細胞な人間ですらそういう印象を抱くのだから,本書を単純に「時をかける少女」の筒井康隆がそれを凌ぐジュブナイルを書きましたよと能天気に薦められると,?と思ってしまうのである。

ニシノユキヒコの恋と冒険」は書評がおおむね好評だったので期待して読んだが,私はニシノユキヒコくんに同情しながら読了しました。思い込みの激しい女性たちに翻弄されたのは,悪意のないニシノくんの方という気が・・。ま,これは一方的な男側の視点からの感想。「人生激場」は大変愉快で面白いが,週刊新潮連載時には読者に理解され受け入れられたのか?と思いつつ読了。「接近」は薄いが重そうなのでこれから読みます。えーと,読まないかもしれません。