本とCDの日々(仮)
2007/03/30

TITLE:「 cendre 

cendre cendre
fennesz + sakamoto (2007/03/28)
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
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これは涅槃の音楽だろうか(ひゃ〜使い古されたレトリック)。聴いていると意識が遠のいていきます。しかし白状するとやはり耳が保守的になってる古い人間だからかもしれないが,Fenneszの「Endless Summer」あたりも悪くはないけど,巷で絶賛されてるほど心から感動しているとは言い難いんだよな。いろんなレビューなどで夏の終わりはこれでなきゃみたいなコメントを読むけど,そうか?って感じ。世界に「Endless Summer」という曲がどれだけあるか知らないが,田舎の夏の終わりの風景には渡辺等のマンドリンな同名曲あたりがふさわしいと思うがな。それはともかくメロディアスなノイズって,最終的にはノイズじゃないの?とも思っている。結局は教授のピアノが前面に来てる曲の方が抵抗なく聴けるし。聴いていて時々ノイズの合間にはっとするほど美しい瞬間があったりもするけど,なかなか集中して聴けないから仕事しながらのBGM的な扱いになってしまう。Alva Notoとの共演アルバムも同様だった。BGM的な音楽で別に悪くはないのだが,個人的にはベルトルッチじゃないけど,もっとエモーショナルなものをもっとメロディアスなものをもっと打ちのめされるようなものを,教授には期待してしまいます。この手のエレクトロニカが極上の音楽としてもてはやされるんだったら,やはりおれの耳が古いのかもな。それにこういう音楽って即興的な色合いが強いと思うが,ライブで完全に再現できるのか。HMVに坂本龍一自身による詳しい解説コメントが載っています。

そんなたゆたう意識の中で,ヤフオクで1200円で落札した「当世ロマン歌集/赤池晴子」を聴いたら,一発で目が覚めた。ゲルニカ風昭和歌謡というようなレビューをどこかで目にしたが,ゲルニカより客を選ばない普遍性を持つ優しく分かり易いレトロ。白井良明&松武秀樹の最強タッグでくりひろげられる昭和というより大正歌謡。でもつくりものの感が強い分親しみ易い。こんな傑作アルバムを発売後15年も経ってから知るなんて,音楽の世界は奥が深く世界は果てしなく広いとつくづく思いますね。しかしこの赤池晴子という人は何者なの。当時は雑誌編集者ということだが今はどうされているんでしょうか。CDはこの1枚だけなのかな。

2007/03/27

TITLE:「 月光下騎士団大事典 ムーンライダーズ30周年記念目録 

月光下騎士団大事典?ムーンライダーズデビュー30周年記念目録 月光下騎士団大事典 ムーンライダーズ30周年記念目録
月面探索者一同 (2007/03/16)
ブルース・インターアクションズ
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ムーンライダーズ周辺のライターによるマニアックな記事が多くて,もう少し「フライト・レコーダー」みたいに本人たちのインタビューが欲しかったよなというのがざっと一読した後の正直な感想。しかしそういう物足りない気持ちを抱きつつ,先日3月25日のFMでの6人が肉声で30年を振り返る放送を聞いて,すっかり満足してしまった。驚きの160分喋りっぱなし。つまり我々マニアにとってだけでなく,ムーンライダーズ結成30周年というのは,160分も天下の国営放送で特集するほど,国民にとって慶賀すべきことであるということか。冗談ですよ。聴いていて不思議なのは,メンバーがお互いのソロ仕事について,あまり関心なさそうと言うか知識がなさそうだったこと。これってコンビ芸人が,相方のピンでの仕事に興味ないようなものなのかね。聴いている我々マニアは,6人のソロをそれぞれ全部追っかけようとするから大変なんですけどね。

しかもNHK様は翌26日にはBSで「30年のサバイバル」を放送するという,徹底したムーンライダーズ偏重放送ぶりである。BSではFM同様6人の回想をはさみつつ,時代順に代表曲のスタジオライブ。正座して観ました。某「POP JAM」みたいに口パクじゃなかったし。しかもスタジオライブだと,日頃ステージの後方の暗がりにいるかしぶち哲郎氏や鈴木博文氏の演奏もたっぷり観ることが出来る。かしぶちヴォーカルの「スカーレットの誓い」では,正座のまま思わず一緒に声張り上げて熱唱しました。なぜこの曲はこんなにテンション上がるかな。白井良明のライブデビュー時に,ファンの女の子に「椎名さんどうして辞めちゃったんですか」と泣きつかれたエピソードが面白かった。ライブでも演奏した「Who's gonna die first?」が番組のサブタイトルにもなってて,やけにメンバーが残り時間は限られている,みたいな言葉を口にするのがやや複雑な気持ち。

先のCS放送「二十一世紀の音霊」やDVD BOX,それに最近発売された「LIVE 9212」と,もう十年分くらいのライダーズ映像観た感じ。ふだんなかなか情報量少なめなバンドだけに,反動でしばらくライダーズ長期休業とかならないように期待したいですね。で,肝心のこの本ですが,当分なめるように眺めます。それから本書で今までノーマークだった,良明プロデュースの「当世ロマン歌集/赤池晴子」というCDの存在を知り,早速Yahooオークションで落札。到着を待つのみです。ライダーズのマニアじゃない人に薦めても仕方ない本だが,マニアは言われなくても買ってるでしょうね。表紙がやや脱力系でも。

2007/03/24

TITLE:「 MOONRIDERS 30th Anniversary Premium BOX 

MOONRIDERS 30th Anniversary Premium BOX MOONRIDERS 30th Anniversary Premium BOX
ムーンライダーズ (2007/03/21)
コロムビアミュージックエンタテインメント
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ムーンライダーズとYMOのメンバーが同じような意味のことを発言していた。実際のメンバーの他にムーンライダーズという(或いはYMOという)架空のメンバーが存在して,例えば曲についての最終的な判断は彼が下している,というような趣旨の発言だ。出典が定かではないので,そういう発言を目にしたような気がするという記憶だけで書くのだが,バンドの客体化というかパブリック・イメージに対する過剰な意識というか,それがバンドにとって必要かどうかはともかく,そういう感覚を持つバンドを自分は好むのだということを改めて感じさせられた。もちろん好きな音であり歌詞世界が受け入れられるものであることが大前提なのだが。そしてそうしたメタな視点を失わずにいられる強靭な知性こそが,このヒット曲のない,そして未だ知る人ぞ知る的な立ち位置のバンドを30年も生きながらえさせたのではないだろうか。映画の中でかしぶち哲郎が「我々はまだキャリアが足りない」という趣旨の発言をする。それは彼らがバンドを永遠の部活動のようなものと捉えている(ように装う),ある種の謙遜と受け取ることも出来る。しかし一方では,自らが所属するバンドを相対化することで,理想型・完成型への終わりのないスパイラルに迷い込んだ音楽家の業とでも呼ぶべきものを感じるようでもあるのだ。

などと自分でも訳の分からぬことを考えつつも,ムーンライダーズ30周年記録映画「マニアの受難」を見ている間何度も泣きそうになった。今回はバッキングに徹するという彼らを(30周年の主役なのに!?)したがえて,朗々と「大寒町」を歌い上げるあがた森魚の気持ち良さそうなこと。この濃密で豊かな時間がもたらす幸福感はどうよ。それにしてもあがたさんのルックスは年を取るほどカッコ良くなる。PANTAも随分ラフな格好で,何だかマイクさばきがロックのそれとは違うような気がしたがこれもご愛嬌。そして先にサントラ聴いたときも思ったが,エンケンはライダーズの30周年とか何の感慨も感じてないんじゃないかと思うがどうか。そういうことは超越した存在だという気がします。申し訳ないけど曽我部恵一はやっぱりちょっとトゥーマッチかな。本編ディスクの他に2枚のディスクがついていて,これは本編で細切れに収録されているライブ映像の完全版。逆に言うと本編を補完するものでしかない。どうせなら野音ライブを全編収録してほしかったが権利問題とかあるのか。

映画の中で岡田徹が「Grapefruit Moon」を歌ってみせるシーンがあった。長い間聴いていなかった「Closing Time」を不意にたまらなく聴きたくなる。我々聴くことしかできないマニアは,ムーンライダーズを核としてそのルーツや或いは音楽的な派生に巻き込まれるように様々な音楽にふれることができることを幸福と感じつつ,の30周年だ。白状すると実際はファン暦25年くらいなのだけど。

2007/03/14

TITLE:「 掃除当番 

掃除当番―武富健治作品集 掃除当番―武富健治作品集
武富 健治 (2007/03)
太田出版
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「鈴木先生」人気の余波を受けて(多分),出版された旧作を集めた短編集。やはり「鈴木先生」2巻で触れられていたエピソードが独立した短編となった「ポケットにナイフ」が最注目でしょうか。これが小川蘇美ちゃんの実質的なデビューということになるのかな。他に著者のHPで既に閲覧可能だった表題作や,最も書かれた時期が新しい,そして最も「鈴木先生」的な「まんぼう」あたりが注目でしょうか。正直時代錯誤な感もある文学青年的な青臭さが全編に漂っており,既に「鈴木先生」ショックを経験している我われはこういう習作時代もあったのかと好意的に読めますが,それがなかったらなかなか最後まで読み通すのはしんどいかもしれません。ただこうしたやや思い込み先行の独りよがりな印象もある習作時代を経て,圧倒的に読ませる「鈴木先生」に到達した著者の才能を改めて感じ取ることはできます。「鈴木先生」のときのように世のマンガ好きは必読,とまでは言いませんが。

2007/03/10

TITLE:「 ヘル 

ヘル ヘル
筒井 康隆 (2007/02)
文藝春秋
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これは必ずしも私だけの性癖ではないと思うのだが,ある種の小説を読んだとき無性にそれを声に出して朗読したくなる衝動に駆られる場合がある。もちろん内容が優れていてそれなりに感銘を受けたときにそういう衝動に駆られるのであろうとも思うが,例えば宮部みゆきや京極夏彦の小説を読んでそういう気持ちになることはあまりないから,朗読したくなる小説にはやはり特有の傾向,朗読したくなる理由があるらしい。つまりいっそ無愛想なくらいの端正な短文が,たたみかけるようなリズムで連綿と連ねられた小説ほど朗読したくなるのだ。漱石の一連の作品や中島敦の作品など。中島敦の「山月記」なんて読む度に姿勢を正して朗々と音読したくなる。

現代の作家で言えば奥泉光あたりが近いだろうか。村上春樹の短編も時に音読したくなる場合があるが,あれはどちらかというとあまりにも完結した完璧な世界観に魅了されてついふらふらと読んでしまうという感が強いので,純粋に文章の勢いに圧倒されてというのとは少し違うかもしれない。で,前置きが長いが何が言いたいかと言うと,やはり朗読したくなる作家と言えば筒井康隆が筆頭でしょうということなのだ。

子供の頃に「バブリング創世記」のリズム感に圧倒されて思わず声に出して読んでしまって顔を赤らめた最初の体験から早や数十年,本書でも徹底的にやってくれます。中盤あたりから延々続く日本人なら思わず拍子をとりたくなる七五調。やはり己の体に脈々と流れる血は日本人のそれだったかと改めて自覚させられる七五調。例え声に出さずとも読んでる間は間違いなく,脳内でリズミカルに文章を朗読しないでは決して読み進めません。

ストーリーはいつものと言うと語弊があるが夢のような現実のような真面目なような冗談のような物語。舞台はヘルと呼ばれる天国でもなく地獄でもないカトリックで言うところの煉獄のような場所。ここでは生前の苦悩や苦痛や身体の障害はなくなり,誰もが自分を他人のように客観視できる場所。延々と繰り返される追いかけっこや繰言や言葉遊びや拷問や何やかや。はたしてこの小説には何が描かれているのかもはやわれわれ一般人には理解不能。

しかし小説を読むという行為は,読んだこともなく見たこともなく想像したこともない世界を垣間見るための手段であると考える者にとっては見過ごせない一冊であると思うなぁ。それにしても単行本で読んだのがついこの間のように記憶しているがはや文庫化である。確認すると確かに3年以上経過している。年を取ることにより残りの人生の急流化が確実に進んでいるようで不安。

2007/03/09

TITLE:「 もしもし、運命の人ですか。 

もしもし、運命の人ですか。 もしもし、運命の人ですか。
穂村 弘 (2007/03)
メディアファクトリー
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「ダ・ヴィンチ」連載当時から読んでたけどこうして一冊にまとめられたものを読むと,あらためて著者の尋常ならざる妄想の嵐に巻き込まれてこちらまでおかしくなってしまいそうな,そんな説得力があるような気がする。確かに女の子と食事をしたりする機会に恵まれたときに,相手の自分に対する好意がどれくらいのものなのか具体的に数値化されたらどれだけ余計な或いは不毛な手間暇やエネルギーが省略できることか,ということは誰でも一度は考えたことがあるのではないかと思うがどうか。

しかしもしかしたら,そもそもそんなことを考えないのがモテる男子というものかもしれない。と誰でも思うようなことも当然本書で言及されていて,その存在や言動がワイルドであるが故に女子にロマンティックな連想や妄想を抱かせ得る男子に対して,著者は自らをマイルド系と称する。その分別に倣えば,オレも充分どうでもいいような細かいことにばかり気がいってしまう筋金入りのマイルド系だなあと絶望のような反省のようなため息が出る。だから何かを改善しようという気もないのだが。

そう言えばよくアイドル歌手とか好きな男のタイプを聞かれて「不良っぽい人」って答えるケースが多いよな。「不良」ではなくて「不良っぽい人」。もちろん「不良っぽい(けどホントは寂しがりやで優しくてシャイで雨に濡れた捨て犬を服が汚れることも気にせずに拾い上げてお前も一人ぼっちかと優しく語りかけるような)人」って意味なんだろうけど,男子は好きな女子のタイプに「不良っぽい人」とはまず答えないよね。この辺りに性別によって期待されるイメージがありそこに問題の根がありそうな気がするとか言い出すと出口のないジェンダー論になりそうだが,それをまたねちねち分析したりするのも,ワイルドから百万光年遠いところにいるモテない男子のすることなんだろうか。

毎度毎度の感想だがこういうモテない男子なら誰でも一度は抱く類いの妄想を,誰にでも笑える或いはそうした男子を嘲笑する側にいるはずの女子にすら共感を覚えるような気にさせるエンタテインメントに仕上げる手法は見事なものです。

2007/03/03

TITLE:「 鈴木先生 2 

鈴木先生 2 鈴木先生 2
武富 健治 (2007/02/28)
双葉社
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いや〜凄いよすごいよスゴイことになってるよ。待望の「鈴木先生」第2巻,帯の熱烈推薦文は江口寿史だ。それにしても中学の教師という仕事が,なぜこんなにもドラマティックで熱いのか。そしてこの物語に登場する中学生たちは,なぜこんなにも自分の頭で考えそして自分の言葉で喋っているのか。とにかく最初から最後までハイテンション,読み始めたら一気読みは避けられない。しかし何と言うか文字通りの過剰な書き込みで,気楽に読み飛ばせる類いのマンガではない。ゆえに二度三度と再読しないではいられない,そんな力のあるマンガです。面白い。

収録されているのは「人気投票」「昼休み」「嵐の前夜」「恋の嵐」の四編(「恋の嵐」は未完)。どれも過剰な物語そして心理描写がこれでもかと詰め込まれていて,読んでて息苦しくなるほど。一気読みと書いたが,実際は休み休みでないと読めないくらいに濃い。「昼休み」では鈴木先生の恋人,麻美さんとのなれそめが,そして「嵐の前夜」では鈴木先生のカミサマ(と言っても担任の生徒なのだが),小川蘇美ちゃんとの出逢いも描かれる。

興を削ぐので例によって細かいストーリーは書かないが,「昼休み」で吠えるように叫ぶ中村さんに感動し,そしてそれに対する鈴木先生の言葉にも感動。「嵐の前夜」で偶然街で出会ったかつての同僚教師との,歯に衣着せぬお互いの分析合戦にあ然。そして「恋の嵐」で,私も長グツですと手を挙げられなかった小川さんの真意を想像して愕然。凄いよ。思えば確かに自分が中学生のときにも,自分でも手に負えないそして意味の良くわからない中学生的な価値感に翻弄されていたような気もするが,それがこういうエンタテインメントになるということに,とにかく驚く。

生徒の小川蘇美ちゃんが好きな男は自分じゃないかと夢想する鈴木先生も,実は大変な問題を抱えた教師なんじゃないかと思う。しかしその妄想にはついていけない部分を感じながらも,これだけのめり込んで読み耽るというのはどういうことだ。つまり人が道を踏み外すということは,それが例え他人からはそういうことが絶対になさそうに見える人でも,そしてそのきっかけが他人には些細なことにしか見えなくても,誰にでも簡単に起こり得ることなのかもしれないなぁと今更ながら思うのだ。啓蒙的な意味でなく,エンタテインメントとして必読。