本とCDの日々(仮)
2007/08/31

TITLE:「 ミヨリの森の四季 

ミヨリの森の四季 ミヨリの森の四季
小田 ひで次 (2007/08/16)
秋田書店
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待望の続篇。単行本「ミヨリの森」は長らく絶版状態で一時はAmazonのマーケットプレイスで驚愕の5000円という価格を見たような記憶があるが,TVアニメ放送のおかげか無事再版されて今なら書店で容易に入手できるようで何よりです。前作でキャラ立ちまくりだった森の妖精たちも健在で,ミヨリの妄想癖というか自分の行動に自意識過剰のナレーションつけたがる癖も相変わらずで,楽しく読めることは間違いないですがやはり前作の新鮮さにやや及ばないか。

新キャラである血のつながっていない兄妹,特に妹の方だが,村に来る前のミヨリをもっと可愛げなくしたようなタイプで,ある意味現代の引きこもり像を反映したようなキャラなのだが,前作の塾教師(そう言えばTVアニメではこの件り,バッサリ切られてましたね)を思い出させる。この手の何かと生々しい世相を織り込みたい作家性が,個人的にちょっと苦手ではあるのだ。まあ都会で親に捨てられて疲弊したミヨリが森で立ち直るという,単純で牧歌的なだけのストーリーにしないためにも,その種の膨らませが必要だというのも分からないでもないが,しかし牧歌的なだけのストーリーによる思考停止って,単純に気持ちが良いのも事実だと思うのね。

その辺りのバランスが難しいよなぁとも思うが,あとがきで著者もエコロジーやスローライフといった,最近流行の文脈で捕らえられることの危険性について言及している。確かにそういった便乗本の類い,もしくは宮崎駿のマネ的な捕らえ方をされかねないタイプの漫画ではあるが,森と村を舞台に,精霊の存在を感じることのできる少女の自立の物語として大変質の高いファンタジーだと思うので偏見なく読まれて欲しい。ボクリコやフークーリンら,妖精のキャラだけでも楽しめます。環境問題的な側面と切り離した文脈で,単純にストーリーを楽しんで読むのが最も正しい楽しみ方かと個人的には思う。

2007/08/22

TITLE:「 楽園(上・下) 

楽園 上 (1) 楽園 下 楽園 / 宮部 みゆき

傑作「模倣犯」で真犯人の逮捕に大活躍したフリーライター前畑滋子の9年後を描く長編。彼女は9年前に対峙したその事件のあまりの大きさにその顛末をルポとして発表することもせず,現在は小さなプロダクションの専属ライターとして働いている。そこへ中学へ上がる前の一人息子を亡くしたばかりの老婦人が訪ねてくるところから,前畑滋子は再び過去の事件の亡霊のような新たな事件に巻き込まれていくことになる・・。

リーダビリティについては最強と言ってよい。読み始めたら最後,決して短くはない上下巻を一気読みである。前畑滋子をめぐる新しい登場人物たちのキャラも完璧。いつもの宮部みゆき節に時に笑い時に泣き,もうすっかり著者の思うように翻弄されて,少しずつほぐれていく事件の成り行き・真相を息を止めて見守ることになる。

しかしひとつだけ,疑問というか不安もある。「模倣犯」は映画化もされ(これは邦画史に残る失敗作だったが),この作品で著者のファンになったという人も多いのではないかと想像する。だからこそ続編であるということに期待して本書を手に取る読者も少なくないと思うのだが,心配なのはそういう読者に萩谷等の力がどう映るかということだ。つまり精神感応或いは思念同調,本書の言葉で言えばサイコメトラー(この言葉の安っぽさはどういうわけだ)という種類の能力,平たく言えば超能力である。もちろん著者には「龍は眠る」や「クロスファイア」に代表される,その種の超能力を主題にした傑作も多いわけで,従来のファンには抵抗なく入っていけるが,「模倣犯」のような社会派ミステリーを期待して読む人にはどうか。余計なお世話だが読者層を狭めることにならなきゃ良いがと思う。まぁそんなことは想定済みで,それでもあえてのこの物語世界なのだろうけど。

上下にわたる長編だが個人的にはまだまだ短いです。車にはねられ更に乱暴されて死んだ女性の物語も織り込んでの一大悲劇にしてくれたら,きっと物語として完璧なものになったのになぁと僭越ながら思う。読了した後,この不幸な女性のことが気になるのは私だけではないと思うのだが。

2007/08/21

TITLE:「 ヒストリエ4 

ヒストリエ 4(アフタヌーンKC) ヒストリエ 4(アフタヌーンKC)
岩明 均 (2007/07/23)
講談社
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これも数少ない単行本が出たら買う漫画のひとつ。1巻途中からエウメネスの長い回想に入っていたが,ようやく元の流れに戻ったようだ。それにしてもあまりに刊行の間が開くので,新刊が出るたびに旧刊を読み直さないとついていけない。それにしても著者の乾いたタッチで描かれる残虐なシーンは,なぜこんなに魅力的で目が離せないのだろう。普通の漫画家が書いたら何ということもないストーリーのような気もするのだが,対象との距離感が絶妙。

その他お盆休みに聴いたCDなど。松尾清憲の「松尾清憲の肖像〜ロマンの三原色」。タイトルのセンスはどうなのという気がしないでもないが,メジャーで出せないのが解せないほどのクオリティ。しかしその過剰なポップがやや独りよがりで,無責任なリスナーにはちょっと重く感じる部分がないこともない。鈴木博文と美尾洋乃のユニット,ミオ・フーのまさかのセカンド・アルバムも出た。うーん,昨年のミニアルバムを聴いたときにも思ったが,ファーストの軽やかさの方が好きかも。良いものを作ろうという製作側の気合をうるさく感じてしまうオレのメンタリティの方に問題があるのだろうが。年齢のせいか時代のせいか・・。

その他。矢野顕子&レイ・ハラカミのユニットの「yanokami」。矢野さんのソロや細野トリビュートで既に予告編的に聴けていたが,矢野さんのヴォーカルはバックの音がロックだろうがジャズだろうがエレクトロニカだろうが唯一無二のものなので,特に驚きはない。要はレイ・ハラカミの音をバックに矢野さんが自由に歌っているということ。それで悪いはずはないのだが,これももっと衝撃的なサムシングが欲しかった,と考えるのは贅沢か。Daniel Bernard Roumainの「Etudes 4 violin & electronix」はタイトル通りの内容だが坂本龍一参加の2曲よりフィリップ・グラスの参加曲が白眉。それにしてもグラスが未だ現役であることにちょっとビックリ。
2007/08/13

TITLE:「 笑犬樓の逆襲 

笑犬樓の逆襲 (新潮文庫 つ 4-50) 笑犬樓の逆襲 (新潮文庫 つ 4-50)
筒井 康隆 (2007/07)
新潮社
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本書を手にしたときに「おお噂の真相の連載以外にもエッセイやら書評やらが収録されているようだからやはり文庫本はお得だなぁ」と思いつつ読み始めたら,どうも見覚えがある文章が多いと思い2004年に発売された小口の赤い親本を確認したら,やっ何ということか全て親本に収録されている文章ではないか。それどころか親本にあった「筒井康隆のすべてを知るための50問50答」というインタビュー記事が省略されているのである。文庫本はお得だとちらとでも考えた己の浅ましさを情けなく思うとともにではこのインタビュー記事はどこに行ったのかと調べてみると,本年2月に文春文庫に入った「ヘル」の巻末に収録されていたのであった。うう。読んだはずなのに。

しかもこちらのタイトルは「筒井康隆のすべてを知るための49問49答」になっている。そうなると削除された1問1答は何かと照らし合わせてみるのがマニアの悲しい性。親本のQ47“先だってお孫さんが生まれ「お爺ちゃん」になられました。心地はいかがですか?”がカット。またラストのQ50の「フリン伝習録」についての質問がまるまる書き替えられ,“「これを書かずに死ねるか」と考えてらっしゃる小説のテーマを教えて下さい。”という質問になっている。

もはや偽悪的に語ってもでたらめに語ってもそして正攻法で取り扱っても,追いつかないくらいにバカバカしさの度合いを増す世相。人が見てなきゃ何でもあり或いは自分のパイさえ確保できればあとはどうなろうと知ったことかと言わんばかりのまさに筒井康隆的様相を呈し始めた現実を目の前にしては,本書のような毒も所詮一過性のエンタテインメントに過ぎないのかもしれんなぁとガラにもなく考えてしまうのであった。

2007/08/12

TITLE:「 PENGUIN CAFE ORCHESTRA-tribute- 

PENGUIN CAFE ORCHESTRA-tribute- PENGUIN CAFE ORCHESTRA-tribute-
オムニバス、蓮実重臣 他 (2007/08/08)
エイベックス・エンタテインメント
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改めてオリジナルの発売時期を確認するとオブスキュア発ファーストの「Music From the Penguin Cafe」が1976年,セカンド「Penguin Cafe Orchestra」が82年ということで,確かに80年前半はこういう音楽がいわゆる環境音楽としてもてはやされた時代だった。しかし環境音楽と言いながら,セカンド収録の「ポールのダンス」を聴くとその美しさにテンションあがったものです。懐かしい。2007年になって日本でトリビュート・アルバムが発売されるなんて,故サイモン・ジェフスもさぞお喜びのことでしょう。ペンギン・カフェ・オーケストラの魅力は,そのバンド名やアルバム・ジャケットなどの分かり易い角度からのものはもちろん,何より音で表現された軽やかなユーモア。奇妙な音を出したりコミックソング的な歌詞がなくても,音のたたずまいや色合いだけで,こんなにユーモラスな表現が出来るのだということに,当時は感銘を受けたものです。

どの曲も比較的原曲に忠実なところが好感度が高く,最後まで気持ちよく聴き通せる。特に高橋幸宏の「ピタゴラスのズボン」。その忠実なコピー振りは,聴いていると意味もなく涙ぐんでしまうほど。つくづくサイモンに聴かせてあげたい。同時にベスト盤も発売されているが,やはり最初の2枚はオリジナルで持っておきたいね。アート・ディレクションはエドツワキ氏。ペンギン被ってるモデルが知世ちゃんだったらビックリだが,ま,そんなことあるわけないですね。

しかし何故誰もあの名曲「The sound of someone you love who's going away and it doesn't matter(これ邦題何だったっけ。君の恋人が去っていく音がするけどたいしたことじゃないよ,そんな感じ)」をカバーしなかったんだろう。長すぎるからか。ベスト盤にも入ってない!?
2007/08/11

TITLE:「 旧怪談(ふるいかいだん) 

旧怪談―耳袋より (幽BOOKS) 旧怪談―耳袋より (幽BOOKS)
京極 夏彦 (2007/07)
メディアファクトリー
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雑誌「幽」に連載当時から思っていたのだが,こういう江戸時代を舞台とする怪談風の文章に,AさんとかUさんとか,アルファベットの略称って似合わなくて大変読みにくいよね。しかしそのまま単行本としてまとめられたということは,私と同じような意見はどこからも出なかったんでしょうか。「急階段」とのダブルミーニングとも思えるタイトルで一冊にまとめられました。その駄洒落に意味はないと思うけど。

宮部みゆき読者には「霊験お初」シリーズでおなじみの,根岸鎮衛の「耳袋」に収録されたエピソードを現代風というか京極風にアレンジした短い物語集。一話ごとにその原文も併録されており,いかに京極風に大胆にアレンジされているかが分かり興味深い。あらすじは変わらないが,語り口は冗談なのか真面目なのか分からない,いつもの京極節。怪談と言うより奇妙な話か。分類的には児童書ということだが,確かにほとんどの漢字にルビが振られており,小学生でも高学年なら十分読みこなせるだろうと思われる。ここから著者に興味を持った小中学生が,京極堂シリーズを手に取ったらさぞ面白かろうとも思う。書店であの分厚い講談社ノベルズもしくは文庫を手にするランドセルを背負った小学生の姿。これこそ現代の怪談かも。

書店で手に取ったとき,値段の安さとその軽さに驚いたのだが,奥付を見ると案の定,祖父江慎の名が。奇妙な本には100%絡んでますね。

2007/08/10

TITLE:「 blue 

blue blue
曽我部恵一 (2007/08/02)
インディペンデントレーベル
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これは良い意味で言うのだが,曽我部恵一って音楽に対峙するその姿勢に,多分に天然な部分があるよね。そうでないと,この世知辛い21世紀に,無邪気にこんな音楽作れないと思うのよ。ロックンロールな音を奏でる快感,或いは自分を気持ちよくさせるために音を出すという文字通りの初期衝動。そうした初々しさと,キング・オブ・メロウロックの名に恥じぬ円熟の共存。まだ若いのに,聴いていると音楽界の鈴木清順と呼びたくなった。

タイトルも超直球。音もギミックなし。それなのに古臭くなく,かといって新しい音という訳でもない。やはりこの「何気なさ」は,狙って出せるものではないと思うなぁ。それ故の天然説なのだが。CDの値段ってモノによって様々で,そのCDが価格に見合った価値を持つかどうか判断するのは難しいといつも思うが,これで2500円は安い。rose recordsって採算取れてるのかな,余計なお世話だが。エアコンを切って窓全開の部屋の中或いは車の中にお似合いの,2007年の夏のBGM。

2007/08/03

TITLE:「 Planet Earth 

Planet Earth Planet Earth
Prince (2007/07/24)
Sony
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最近は新作をリリースする度にPrince復活と騒がれるPrince殿下の一向に枯れない新作。今度こそ本当の復活とまた言われるのだろうが,往年のこれこそ天才の仕事としか思えない充実した仕事の数々と,その後のレコード会社との確執や個人的な不幸を経つつリリースされ続ける作品群との間の落差に,いかにわれわれファンがもどかしい思いをしていたかということだ。アメリカではセールス的にも往時の勢いを取り戻しつつあるという話だが,さて日本で今Princeの新作が出るというニュースに,胸ときめかせる若いリスナーがどれだけいるのだろう。まあマーケットとしては今後はわれわれのような中高年層が圧倒的に多数になるわけだから,別に若い人びとに受けなくてもセールス的には影響ないのかもしれないが,やはりPrinceの新作を聴く度に耳からウロコが落ちる思いを味わい続けたあの幸福を,今の若い人にも感じて欲しいと思うのだがなぁ。

いかにもPrince的な大仰さのタイトル曲から,シンプルもここまでくればいっそ潔いタイトルの「Guitar」,そしてこれまたいかにもPrinceらしいどこかで聴いたことのあるような必殺ミディアムチューンをいくつかはさみつつ,もしも生まれ変わったらベーシストになってこういう曲でブイブイ弾いてみたいものだと思わせる「Chelsea Rodgers」。現世の全てを投げ出して,踊るしかないです。つまり作品のクオリティとしては決して悪くないのだ。悪くないのだと書いた上で。

やはり「AROUND THE WORLD IN A DAY」や「Parade」や「Sign 'O' the Times」を初めて聴いたときの,あんぐり開いた口が塞がらぬあの衝撃が忘れられない。そして新作にその種の衝撃はない。と言うよりこの何年かPrinceの新譜にそういう意味での満足を感じられないのだ。ああ。前述のあの頃のアルバムは未だによく聴く。ありふれた言い方だが聴く度に新たな発見がある。録音されてる音のひとつひとつを,漏らさず完全に聴き取りたいと思わせるアーティストって,個人的にはYMOとPrinceだけだ。いずれも現役のような過去の人のような微妙さが共通してるか(笑)。