本とCDの日々(仮)
2007/10/30

TITLE:「 Tree of Life / My Tune My Turn 

トゥリー・オブ・ライフ トゥリー・オブ・ライフ
My tune, My turn My tune, My turn

吉田正美(政美)と言われてもおそらく多くの人は知らないと思うのだが,元グレープでさだまさしの片割れだった人です。つまりそういう過去のお陰で,一部の人からは敬遠されてしまうアルバムだと思うのですが,逆にそういうバックグラウンドだけでこの種の音楽は聴かないという偏見の人のためにこそ,データのみ紹介したいと思います。

グレープ解散後の1976年,ヴォーカルに菊地まみをフィーチャーして茶坊主というバンド名義でリリースしたのが「トゥリー・オブ・ライフ」。グレープ解散直後なのでさだまさしやクラフトもViolinやChorusで参加しているが,何と言っても驚きなのは,矢野顕子作曲の「カラランカラタケ知っている」が収録されていることで,しかもアッコちゃん本人がChorusで参加している。

茶坊主解散後,CM音楽制作のかたわら1980年に純粋なソロ名義でリリースされた「My tune, My turn」。Vocal&Guitarはもちろん本人だが,参加メンバーが豪華。Bassは岡沢章をメインに高水健司と後藤次利が1曲ずつ,drums林立夫,keyboards渋井博,Percussions斉藤ノブ,Horn Sectionは村岡健,栗冠利郎,数原晋。その他1曲のみの参加のようだがDrums村上秀一,Keyboards矢野顕子,Percussions浜口茂外也と,もうそこにあるのは完全に80年代をリードするティンパン系のグルーヴ。最高に気持ち良くて最近ずっと聴いてます。

正直1作目はやりたいことを詰め込みすぎてやや散漫になった感もあるが,2作目はもはや和製シティ・ポップスの名盤として語り継がれるべき傑作。両盤とも今回20年以上の時を超えて初のCD化となったわけだが,この隠れた名作たちに再び陽を当ててくれた金澤寿和氏に感謝。

2007/10/27

TITLE:「 MY NAME IS / FREAK SMILE 

Standard of 90’sシリーズ「MY NAME IS」(紙ジャケット仕様) Standard of 90’sシリーズ「MY NAME IS」(紙ジャケット仕様)

Standard of 90’sシリーズ「FREAK SMILE」(紙ジャケット仕様) Standard of 90’sシリーズ「FREAK SMILE」(紙ジャケット仕様)

“standard of 90's”ということでとりあえず10月24日にオリジナル・ラヴの初期6作品と同時に再発された旧スパンクス(from Wikipedia)の2作品。もはや存在しないユニットではあるが,恥ずかしながらSPANK HAPPYの存在を知ったのが岩澤瞳ヴォーカルの第二期からで,今回の再発までこんな過去があるなんて全く知らなかったです。渋谷系経由のYMO+ピチカート・ファイヴ÷2的な第二期に比べると,第一印象は随分健康的で開放的な体育会系ポップス。しかし菊地成孔が絡んでて普通のポップスになるわけもなく,よく聴くと歌詞にしろアレンジにしろこりゃ一般ウケしないだろうと心配になるようなねじれ具合が楽しい。特に2枚目はジャケ写もそうだが,1曲目の「I LOVE YOUの逆襲」から躁病的な明るさにあふれていて,ポップに徹すると人はいつか神経を病むのだという説に簡単に納得しそうになります。それにしても90年代半ば,いかにも好みのこのバンド,どうして存在に気付かなかったんだろうなぁ。出来れば10年前に初めて聴きたかった。そしたら多分,このイカレ具合に今より感情移入できたと思う。逆に言えば今の10代・20代に聴いてほしい。




2007/10/26

TITLE:「 政風会 

政風会 政風会
政風会 (2007/10/26)
インディペンデントレーベル
この商品の詳細を見る

未だに「DUCK BOAT」に収められていた「夜警」をふと口ずさんだりすることがあるから,そんなに古いアルバムだという認識はなかったのだが,何とすでに20年以上前のアルバムだったのだ。その間にカーネーションは最終的にメンバーは3人になったが日本を代表するバンドになったし(私基準),鈴木博文は日常を吐き出すかのような個人的なソロアルバムを何枚もリリースしたし,そしてその分,一リスナーとしてのオレも年を取った。「DUCK BOAT」の頃は分からないなりにもある種の憧れとともに聴くようだったその枯れ具合も,今やまさに自分の年齢にマッチしたBGMとして聴ける年齢になってしまった。

ということでカーネーションのヴォーカル直枝政広とムーンライダーズのベーシスト鈴木博文によるユニットの,およそ22年ぶりのアルバム。前作「DUCK BOAT」はA面が若かりし頃のカーネーション,B面が政風会という変則的なアルバムだったので,単独名義としてはファーストになる。22年前から既にお互いの渋さや枯れ具合を競い合うかのようなユニットだったが,実際に年齢を重ねて演奏されるのはゴリゴリでやりたい放題のオトナな音楽。東京のカントリー・ロックとしてアメリカに輸出したくなるくらいのクオリティではある。

Bonus Trackとして1985年音源の「霧笛」という曲が収録されているが,当然連想するのはムーンライダーズ20周年CD-ROM「Damn! moonriders」に収録されてた妙なラジオドラマみたいな同タイトル曲。今にして思えばあのCD-ROMは一体何だったんだろうなという気がしないでもないが。

2007/10/23

TITLE:「 Ocean Fire 

Ocean Fire Ocean Fire
WILLITS+SAKAMOTO (2007/10/17)
chikarajuku factory
この商品の詳細を見る

とりあえず何もしない部屋の中で鳴らしっぱなしにしておく。間違っても車の中で聴く音ではない。毎日変わらない日常の行為が何だか映画のワンシーンのような特別な意味を持つもののように思えてくる。これは,昔々初めてウォークマンを着けて町を歩いたときの新鮮な驚きに似ているかもしれない。一音一音が粒子となってマイナスイオンのように部屋の中を浮遊しているような感触。もちろんスピーカーからマイナスイオンが出るはずもないので,それは単なるBGMとしての効能でありはっきり言えばある種の幻覚であり要するに錯覚だ。しかしその音は確実に部屋の空気の色を変え,何をするでもなくぼんやり聴いていると,文字通り時折やって来る波のような音像に一瞬ハッとさせられたりもする。そういうアルバムだ。

最近のAlva NotoやFenneszや,今回のChristopher Willitsとの仕事。彼らは坂本龍一とコラボレートすることで,得難い日本的な静謐さを獲得できていると思うのだが,最終的にはやはりこれらは彼らの音楽であって坂本龍一はあくまでも触媒というか+sakamoto的な存在であるような気もしている。もはや自分がリードしてとか,少なくとも対等な立場で共同作業を,というようなある種のミュージシャン・エゴのようなものと無縁であるのが最近の坂本氏の流儀であり,それ故にこそわれわれファンが狂喜したHASYMOとしての活動も実現したのだろう。

しかしそうなるとまたファンとは勝手なもので,坂本龍一が自分のミュージシャン・エゴを剥き出しにした,ありふれた言い方をすれば時代の先端と切り結ぶような,そんな熱いソロアルバムも聴いてみたいとも思うのだよなぁ。

2007/10/16

TITLE:「 作家的時評集2000-2007 

作家的時評集2000-2007 (朝日文庫 た 51-1) 作家的時評集2000-2007 (朝日文庫 た 51-1)
高村 薫 (2007/10/10)
朝日新聞社
この商品の詳細を見る

10代の後半くらいから人並みに政治について関心は持ったものの,既に大学生が政治を熱く語るような時代ではなかった。今みたいにキーボード叩けば世界中の情報をつまみ食いできる時代でもなかったし,何かを知るためには図書館で古ぼけた分厚い本をめくるか,それこそ新聞や雑誌くらいしか情報源と呼べるものは周囲になかった。しかし例えば湾岸戦争ひとつとっても,当時ですら幾多の紛争を繰り返す中東の背景の複雑さは,お手軽に世界を学び分かった振りをしたい若造には手に負えないものだったし,或いは国会で質疑される様々な問題も,我々がその意味を知る前にいつのまにか議題は次のものに移行しており,先の結論が何でそれが我々の生活にどう影響するのか自分の頭で考えるより先に,必要以上にショーアップされたニュース番組のキャスターの言葉を,己のしわの少ない脳に上書きさせるようですらあったのである。今おそらく人生の折り返し点をとうに過ぎた位置から己の半生を振り返ったとき,政治について経済について世界について,表層的でその場限りの理解を弄び知ったふうな口をききながら,その実その本質的なものを本当に「分かった」という感覚を持ち得ないまま生きて来たのだ,と思う。

本書は硬派作家(と私は勝手に思っているが,世間的なイメージも多分そう)高村薫の,2000年からつい最近までの,新聞や言論誌に発表した国内政治や日本が直面する国際状況についての文章を初めてまとめた文庫オリジナル本。著者の作風のイメージからすると,もはや理念なきパワーゲームと堕した日本の政治についてシニカルにコメントしているのではと考えそうだが,その筆致こそ冷静ではあるものの著者は政治家の空疎な言葉に怒り,想像力もモラルもない企業の無責任に怒り,そして日本の将来について真剣に憂えている。タイトルに「作家的時評」とあるように,その意見の端緒は直感的なものであったり情緒的なものであったりもするが,しかしそうした「どう考えてもこれはおかしい」という感覚を声高に主張する著者のまさにその感覚こそ,いわゆる「炭鉱のカナリア」的な役割を期待される作家の本領ではないだろうか。

著者は日本の現状を突き放して眺め,クールに分析したりしない。読者に向かって,選挙に行こう,政治に無関心になるな,そして何より社会について世界について自分の頭で言葉で考えよう,と繰り返し訴える。要するに著者はあきらめていないのだ。対して明らかに著者より若い世代の自分は,いつの間にか世界の複雑さに思考停止状態にあることを自覚することもなく,ほんのわずかな身の回りの事柄だけにあくせくしながら,どうせ社会は変わらないと嘯くポーズを情けないとも思わなくなっている。これをこそ老いと呼ぶのだろうと痛切に感じた次第。ネットでつまみ食いするように集めた情報をつなぎ合わせて,それで世界が分かったような気になるのは危険だが,しかしそこから幾ばくかでも思考をめぐらすことはできるだろう。著者の意外な熱さにふれるためにも,また世界の在り様についてもう一度自分はどう考えているか自問するきっかけを得るためにも,大変面白く有用な一冊。著者の論調に同意することが出来なくても充分楽しめる。ある意味最高のエンタテインメント。
2007/10/11

TITLE:「 赤色エレジーマニア 

赤色エレジーマニア 赤色エレジーマニア
ほりゆうじ、松倉如子 他 (2007/10/10)
インディペンデントレーベル
この商品の詳細を見る

Amazonから届いてすぐPCのドライブに入れたらiTunesで曲名表記されなかったので,私が入力してCD情報送信しました。ピース。かしぶちさんの「釣りバカ」サントラ以来です。iTunesはオーディオブックも併せると28600項目という大変なことになってきました。再生に81.6日かかるって(笑)。iTunesって何曲でも無限にインポートできるんでしょうか。誰か教えて下さい。それからこのCD,帯に例の「珊瑚キャンペーン」の応募券がついていないようだが対象商品じゃなかったのかな?→バーコードで良いみたいだが,忘れていたのでは?

いやらしいまでに「赤色エレジー」はかぐや姫の「神田川」とは別物だと主張してやまないライナー解説には辟易しますが(別にどちらも名曲でいいんじゃないの?),みんな楽しそうにカバーしてて面白いです。慶一さんと曽我部恵一のダブルケイイチの他はほぼ知らないメンツなのだが(Riow Araiくらいは知ってるけど),ほりゆうじ氏によるバージョンが笑えました。これってもはや違うメロディーじゃん(Oh,Yeah!って・・)。ただ全12曲すべて「赤色エレジー」のカバーというアイデアは面白いけど,やはり一部のマニアな人のための商品であるという印象は否めませんな。

2007/10/08

TITLE:「 FLYING SAUCER 1947 

FLYING SAUCER 1947 FLYING SAUCER 1947
ハリー細野&ザ・ワールド・シャイネス、細野晴臣 他 (2007/09/26)
ビクターエンタテインメント
この商品の詳細を見る

まずはこのジャケ写である。まるでブラックロッジのような怪しげな部屋でマイクを前にタバコをくわえ,UFO来襲を報じる新聞を手にする御大ハリー細野。60歳とは思えぬクールさとも言えるし,60歳だからこその余裕の佇まいとも言える。いずれにしろ音を聴く前から,カッコいい細野さんの写真に惚れ惚れすること間違いなしだ。

そして音だ。もちろん肝心なのは音だ。東京シャイネス名義のライブの延長上にある音。カントリー&ウェスタン,と言われてしまうと聴くのをためらってしまいそうだが,いやいや細野さんが歌っていればもはやジャンルを越えたホソノ・ワールド。何の抵抗もなく聞き入ってしまいますよ。どうしてもコシミハルのアコーディオンが耳に残るので,確かに印象はカントリーなのだが,よく聴くとそれだけではないのがよく分かる。おなじみ「Body Snatchers」や「Sports Men」のセルフカバーのシャッフルする感じ。聴いているとたまらなく幸福な気持ちになるのは何故だ。要は細野さんが歌ってれば良いんだなオレは。

その他にもまさかの「未知との遭遇」のカバーや森高千里「ミラクルライト」,「Pom Pom 蒸気」にUAとデュエットの「夢見る約束」と,マニアは涙なしに聴けぬ選曲。UAのヴォーカルはTVで観たときの方が艶があったような気がするのはおそらく錯覚だ。ライナーの対談でコシミハルが「こんな音を作っている人は地球上でたった1人かも」と言っているが,激しく同意。しつこいようだが,ジャンルを越えた揺るぎのないホソノ・ワールド。家宝,いえ国宝級の1枚です。

2007/10/04

TITLE:「 山へ行く 

山へ行く (フラワーコミックス) 山へ行く (フラワーコミックス)
萩尾 望都 (2007/06/26)
小学館
この商品の詳細を見る

だから書店の新刊コーナーはこまめにチェックしないといけないのだよなぁ。萩尾望都の新刊を見逃していたとは不覚だった。「月刊フラワーズ」に連載されているらしい「ここではない★どこか」という短編連作シリーズをまとめたもの。最近の少女マンガ事情は全く分からないのだが,Wikipediaによるとこの「フラワーズ」って昔の「プチフラワー」をリニューアルしたものだそうですね。昔々,新刊書店で少女マンガの月刊誌を買うのはさすがに恥ずかしかったので,古本屋で1ヶ月遅れの「プチフラワー」や「LaLa」を買っていたことを思い出します。

それにしても表題作は何てシンプルなタイトル。ストーリーはこの連作シリーズに何度か登場する小説家がある日思い立って近くの山へ行こうとするが,家族や仕事やその他諸々のしがらみに邪魔されて結局あきらめる,というだけの話。力を抜いたタッチのスラップスティック・コメディで,著者が楽しんで描いているのが伝わる微笑ましい小品。その他の作品もほとんどが著者お得意の日常系SFだが,その方面の話が苦手な人でも楽しく読めるコメディが多い。

個人的にはラストの「柳の木」にやられました。1ページ2コマでセリフもほとんどない実験的なマンガ。萩尾さんの短編で一番好きなのが「マリーン」だったりするのだが(こういう時をこえて一人の男を見守る女性という梶尾真治的なシチュエーションに特に弱いのだ),何となくそれを思い出させる読後感。サイレント映画を観ているようにひとコマひとコマドキドキしながら読んでいくと,背景も何も詳しいことは分からないのに,最後のセリフひとつで涙が出てくる。やはり萩尾望都は上手い。絵が上手いのは言うまでもないことだが,何よりストーリーの語り方が上手い。もう30年近く読んでるのに未だにこんな傑作を読ませてくれるから凄い。天才と呼ばれる所以だ。