本とCDの日々(仮)
2008/03/22

TITLE:「 HAS/YMO 

HAS/YMOHAS/YMO
(2008/03/12)
HASYMO

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まあ買いますよね。TVで断片的に観てるから目新しさはないが(しかも当のNHKの番組まるまるオマケとして付いてるし),このおじさんたちのオフステージ風景など眼を細めて見ちゃうんだよな。あの頃のどうしようもなく高揚感のあるライブはもう望むべくもないが,適度に年を取ったわが身にはそれなりに心地よく楽しめる音かもしれないと思いながら観た。坂本龍一のピアノライブDVD「PLAYING THE PIANO/05」とCD「koko」もまるで当然の義務のように購入。カーボンオフセットとかソフトが出来るまでの電力とか,そういうことまで無視することの出来なくなった坂本さんは最終的にどこへ行くのだろうと思いつつ観た。

最近の散財日記。なかなか再発される気配がないのでヤフオクで鈴木さえ子「緑の法則」を買ってしまう。2000円は安いか高いか。近々リマスタリング再発されることを知りつつ鈴木祥子「水の冠」「Long Long Way Home」「Hourglass」も中古で買ってしまう。もはや散財が目的なのか。レンタルに入らないサントラ「EX MACHINA」もとうとう中古で購入。Yahoo知恵袋で"なぜCDをレンタルせずに買うのか?"というバカな質問を見た記憶があるが,レンタルにないからに決まってるじゃないの。ヤフオクではサントラ「子猫物語」とDVD「ホテル・ニューハンプシャー」とビデオ「噂のストリッパー」と懐かし本「偉人の血」も落札してしまう。誰か私を止めてください。ふらふらと本屋に行けば「本の雑誌」で渡邊十絲子氏が推薦してた「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」と「巨匠の傑作パズルベスト100」を買い,おまけに店員から眼をそらしながら今頃「生物と無生物のあいだ」も購入してしまう。新書って安いからつい買ってしまうがたくさん買うとバカにならない値段になる。100円ショップと同じ理屈だ。
2008/03/17

TITLE:「 music & me 

music & memusic & me
(2007/11/28)
原田知世

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これも発売前からDMNのウィッシュリストに載せていたのだがようやく聴くことが出来た。知世ちゃんの新譜すら置かないとは何事かと近所のTSUTAYAにねじ込みたいほどだが(自分で買えば済む話ですね),それはともかく聴く前からすでに名作であることは予想されたが,まさに予想以上の名作で,これほど緻密に計算され尽くしていてそれでいて風通しのよいアルバムは滅多にない。ということでYouTubeから「くちなしの丘」のPVを。



この透明感はどうよ。ヨーロッパあたりのベテラン・シンガーが肩の力抜いてラフに歌ってみました的な世界なのだが,気の抜けたところは全くない。セルフも含めてさまざまなカバーが収録されているが,ラストのボサノヴァぽいアレンジで生まれ変わった「時をかける少女」を聴くと,ユーミンのメロディ・メーカーとしての才能をあらためて感じる。つまりその楽曲の良さを違った形で引き出すことの出来る,これぞ理想的なプロデュース・ワーク。伊藤ゴローは天才。知世ちゃんのヴォーカルも完成されていて非の打ちどころなし。それからこのアルバムのプロモーションの一環だと思うが,ここで人生における重要なアルバムの1枚に久保田早紀の「サウダーデ」を選んでいるのが個人的に嬉しかった。このアルバム,ホントに名盤です。

養老孟司と宮崎駿の対談集「虫眼とアニ眼」を読む。ある意味こうやって極論を話してみせないと,現代の観客には伝わらないということをよく分かっているお二人だ。まあ観客とか読者とかを全く信用していないとも言えるわけだが。糸井さんの鼎談集「経験を盗め 奥の深い生活・趣味編」も読む。"四十にしてマドモアゼル"という駄洒落がもはや伝わらないという小田島雄志氏の話に思わず膝を打つ。最低限の教養が通用しなくなった現代ではもはや親父ギャグすら成立しないのだ。いやこれは自戒も込めてそう思った。

2008/03/15

TITLE:「 731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く  

731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く (新潮文庫 あ 58-1)731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く
(新潮文庫 あ 58-1)

(2008/01)
青木 冨貴子

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ご多分にもれずティーンエイジャーの頃に本多勝一や森村誠一の著作を読んで日本軍が中国でやってきた悪行三昧にショックを受けたクチなので,実はこれらの作品が中国の反日プロパガンダに基づく一方的な情報提供によって書かれたフィクションだと言われても,そう簡単には洗脳は解けないのである。731部隊が存在してその規模はともかく満州で捕虜を使った人体実験を行ったというのは最低限の真実だとしても,南京事件の方は未だに実際にあったのかなかったのか論争が続けられているような状況である。捏造派の意見を聞くとそれなりに説得力があるような気もするのだが無論すべての文献を調べるわけにもいかず,いずれにしろ戦時下の集団ヒステリーのような状況ではそういうことも起こり得るかもしれないと能天気に考えることが許されないのは,われわれ日本人がまさに事件の当事者であるからに他ならない。それにしてもたかだか60年ほど前の事件についてその存否すら明確でないとは,われわれが学んで知ったつもりになっている歴史がいかに危うい根拠の上に成立しているものであるか,それを考えると虚しさすら覚えるようである。

本書はその悪名のみ高い731部隊長の石井四郎の戦後記したメモが発見されたことをきっかけに,戦後の混乱の中で731部隊の情報がどう取り扱われたかを丹念に追ったノンフィクション。とにかく人体実験の人道的な可否よりもその貴重なデータを相手より先に入手しようと争う米ソの駆け引きが何よりおぞましい。そのためにGHQの中でアメリカ人同士ですら欺き合うほどだ。そしてメモから透けて見える戦後の生活に汲々とする石井の姿は,むろん生き延びることが何より困難な時代だったことを差し引いて考えても,決して責任を正面から被ろうとしない現代の為政者のそれと重なる。

これを読んでいる時に,かねてより見たかったアラン・レネの映画「夜と霧」をたまたま観ることができた。不思議なシンクロニシティと言うべきか,暗澹たる気持ちで観終えたのだが,例えば中世ヨーロッパの例を引き合いに出すまでもなく江戸時代に残虐な刑罰が行われたと言われてもわれわれが今ひとつピンとこないように,これら先の戦争の記録もやがてリアリティを失っていくのかもしれないと危惧する。それならたとえ左翼的と言われようが,こうした残虐な行為を人間として繰り返してはならないとする教育は,やはり必要だろうと思う。

2008/03/10

TITLE:「 ダンシング・ヴァニティ 

ダンシング・ヴァニティダンシング・ヴァニティ
(2008/01)
筒井 康隆

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すべてのイベントは少なくとも三度くり返されるがその位相は少しずつずれている。音楽や映画では珍しくもない反復技法を小説に取り込んだ実験作。近年の著者の小説が,実験作でも問題作でもなかったことなどもはやないので,何をやられても驚かないつもりだったがさすがにこれは読んでいて気が狂いそうになる。70歳を過ぎて実験精神なお衰えないことは大変結構だが,読みながらはたしてこの際限のない混沌は完全に著者のコントロール下にあるのか?と失礼ながら疑問に感じたことも度々。失礼ついでに書くが著者が実際に呆け始めて著者自身による制御が不可能になったら,どんな小説が出来上がるか楽しみな気もするのだ。おそらく著者本人もそれは楽しみだろうと思うが,残念ながら痴呆状態の本人にはそれを楽しめないというのは何と言うか皮肉なことである。文芸誌に連載されたらしいが,例によって章立ても何もないので読み始めたらキリの良いところまで読もうというこちらの思惑を嘲笑うように,延々付き合わされるハメになる。ところが主人公の行為を解説するコロスたちや主人公を物陰から覗いているフクロウや主人公の暴走を引き止める引っ張り蛸など,キャラクター商品化も可能とすら思えるほど魅力的な主人公の無意識の顕在化キャラたちによって瞬時も飽きることなくむしろ楽しく読めるからビックリだ。コロスたちは読者を正しい方向に導くというより,ただ喧しく囀るだけという筒井的狂騒に拍車をかけるキャラではあるのだが。それでも際限のない反復を繰り返しつつも物語は確実に進行するのだが,後半になってあたかも急流のように展開がスピードアップしていく印象がある。ははぁこれは人が死ぬ間際に自らの一生を走馬燈のように思い出すというあれだな,つまりわれわれは今まさに死なんとしている主人公のとりとめのない思い出の奔流につきあっているということかという読み方もおそらく可能。或いはここに描かれているのは文字通り眼前に存在するパラレルワールドであり,つまり人の生き方にはいくつもの選択肢がありその選択は偶然でもなければ可能性の問題でもないのだという,思わず青少年に推薦したくなるような啓蒙的な読み方すら出来るという恐ろしく多義的かつ重層的な小説とも言える。帯にあるように読者にとっては「中毒必至」,著者がもし同じ手法を次作に用いたら痴呆化を疑われること必至の,誰にもマネできない完全孤高の小説。

2008/03/07

TITLE:「 anonymoss 

anonymossanonymoss
(2008/02/20)
anonymass

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anonymassによる「anonymoss」と題されたYMOのカバー集。YMO結成30周年ということでユキヒロの新バンド(知世ちゃんの参加は反則だよな)はともかくHASもしくはYMOとして何か新しいことやってくれないかしらと期待しているのだが,一時期粗製濫造されたYMOのカバーやリミックス作品も近年はセニョール・ココナッツの「プレイズYMO」やらといぼっくすの「Acoustic YMO」などなかなか質の高いものが出始めている。そして本作もそんなYMOカバーのマスターピースのひとつとして,残るにふさわしい出来。冒頭“パララララッパラ〜”とコーラスで「邂逅」が始まった時は一瞬どうなることかと思ったが,全編オーガニックとかいう流行りのコトバで片付けてしまうのは惜しいような,やわらかくて肌触りのよいYMOだ。とにかく原曲のメロディの良さが際立つカバーで,洋楽聴いてるみたいです。これなら御大三人も好意的なコメント寄せるのも頷ける。それにしてもユーフォニアムって一体どんな楽器?と思ってネットで検索してみたのは私だけじゃないと思います。

曽我部恵一がFra Lippo Lippiを慶一アルバムの参考にしたと語っていたのを見て,そういえば昔一度聴いておかなければと思ったことがあったのを思い出した。早速「The Early Years」と「The Best of Fra Lippo Lippi」を買って聴く。こういうときはお金惜しまないのな。不器用なエレポップという感じ。今急に思い出せないが,他にも関心はあるが聴いたことのない音がいくつかあるはず。それから今更ながらレンタルで借りれるだけの奥村愛子作品を借りて聴く。初期のものほど良い。モダーン今夜とかもそうだがこの手のレトロな昭和歌謡っぽい音って,車の中で聴くとテンション上がる気がするのは,これは私だけでしょうか。